
こういう人の声がいろいろ聞こえてきます。
北朝鮮の殊に強制収容所の問題は、自分達に直接影響が及ぶと捉えられ、日本では見て見ぬ振りをされがちでした。
一方、強制収容所体験者や強制収容所を奇跡的に脱出した人たちの手記があります。収容所の存在を証明する衛星写真も、体験者の証言もあります。
しかし、それでもなお収容所の実態を否定する人に、私はことばが詰まります。だからといって、「ご自分がそこに捕われ体験して分かる」ということではないと思います。
権力によって完全統制された人々を救うのは、わたしたち外部にいる者にしか出来ないことです。それが外部にいる自由な立場にある私たちの“使命”であろうと私は思っています。
民衆レベルで人権を守りあうということは、国家権力を制御する権利を持つ私たち一人一人が、市民という立場だからできることです。
もし仮に私たちが、国の力で、社会と一切断絶され完全統制された環境に送り込まれたとしたら、しかもそこには一切の情報や外部から民衆の力が全く及ばないとしたら、そこでの悲惨な状況は拡大こそすれ縮小や廃絶の希望は失せます。
つまり、市民(民衆)の人権は、同じ立場の私たち市民同士が守りあわなければ、最終的には政治や権力の犠牲から守ることができないと思うのです。
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北朝鮮の強制収容所跡地には、花が咲き、トンボが舞い、柔らかく暖かな日射しが差し込む…そういう穏やかな自然に一刻も早く還してあげたい。そこで犠牲になった大勢の人たちを心から弔いたい。そんな想いに向けて、みなさまにもご支援ご協力をお願いしたいと思います。小さな力も、無数という大きな数になれるのです。
あなたの暖かなお気持ちを少しだけ、アクションに変えてくださいませんか。
本業はマーケティング&メッセージプロモーター。
総合いのち研究所主幹。いのちと人権問題を中心に社会活動を行う。17~10余年、患者の権利の法制化活動、薬害の監視活動等の活動に従事。いのちと生命権に関する支援活動をはじめ、講演活動も行っている。