ニュース・記事
エジプトを見ながら 北韓の民主化蜂起を夢見る
金泰振 / 北韓政治犯収容所解体本部代表
(出典:民団新聞 2011.2.9)
携帯電話で広がる情報
最近、国内外のテレビ・新聞など言論の関心はすべて、エジプト国民の反政府デモの状況の報道に集中している。北韓でも、急速に普及する携帯電話を通じてエジプトに関する情報が住民に広まり、当局が神経をとがらせていると伝えられる。
「ムバラクは退陣せよ」と叫ぶデモ隊と、彼らを阻止するエジプト軍や警察を見ながら、ムバラクよりさらに腐敗し、悪質的な金正日政権について何も知ることのできない北方の地のわが同胞に対する焦燥感と同時に、一方で、いつかはわが兄弟、わが同胞が立ち上がり、「金正日、金正恩は退陣せよ」と叫ぶのではないか という期待感が交差する。
父母や妻、子どもを残し、一人北韓を離れてから20年、中国で捕えられ強制送還された後、祖国を裏切った罪で政治犯となり、政治犯収容所の一つ、第15管理所(咸鏡南道の耀徳)に入った体験から30年が過ぎたものの、現在の北韓を見ると、当時とさほど変わってはいない。より正確に言えば、北韓の人々が金正日を見る視覚や態度が変化したようには見えない。
依然として彼らは労働党が掲げた虚偽と宣伝にだまされながら生きている。テレビといえば朝鮮中央放送1局だけであり、周波数が固定されているラジオがあるだけだ。それが北韓だ。
もちろん、現在の北韓がかつてのような所ではないことも事実だ。お腹が空いて生死をさまよい中国に越えていく脱北者たちを通じて外部の情報が流入しており、テレビやラジオを通じて密かに韓国を見たり聴いたりする人々が増えているという。北韓住民たちもある程度の現実に目を開きつつある。
政治犯収容所の解体へ
国際社会が圧力を
いまや、金正日が偉大な将軍ではなく盗人であることを知るようになるだろう。だからといって、あえて誰が「金正日は退陣せよ」と叫ぶことができようか。あの地に、おぞましい政治犯収容所が存在する限り、誰も首領独裁体制に対して戦う勇気を示すことはできない。そこがどんなところか。きびの粥200グラムと一杯の塩水を食しながら、1日の草刈り800キロの労働を強いられるところである。
私一人だけが収容所という地獄に落ちるのであれば、再び北韓に戻り、反独裁闘争を繰り広げる勇気を出してみよう。しかし、私の父母、私の子どもや孫まで収容所に送られるというその恐怖の前に、この世でもっとも勇気ある者も背を向けるだろう。
連座制ゆえ決起できず
それが連座制だ。1972年の金日成演説「宗派分子や階級の敵はその者が誰であるかを問わず、彼らの種子を3代にわたって完全に、そして必ず除去しなければならない」との言葉に従い、今なお続いている。
子どもたちに、一体どんな罪があるというのか。名前すら聞いたことがない親戚が反動だという理由だけで収容所に送られ、生涯を「尻尾のない動物」として生きなければならない政治犯収容所があるために、連座制が存在するために、この21世紀の北韓では首領世襲独裁が可能であり、金正日は300万人を餓死させても、偉大な将軍様と称せられるのだ.
北韓から政治犯収容所だけでもなくなれば、北韓の民主化は半分成就したも同然だ。国際社会が北韓に政治犯収容所の視察団を送るだけでも、現在の北韓の3代世襲は不可能かもしれない。北韓独裁政権のアキレス腱はまさしく政治犯収容所であり、連座制である。
北韓住民みずから収容所をなくし、連座制を廃止せよと叫ぶ日が来る可能性はほとんどない。我々が手助けしなければならない。国際社会と国連が連座制を廃止せよと要求してこそ、北韓住民の勇気ある者たちが団結できるのだ。広場に集まった北韓住民たちが「金正日・金正恩は退陣せよ」と叫ぶことができるのだ。
あの遠い地のエジプトでの反政府デモを見ながら、北の地で民主化を要求するデモを想像するのは、私だけだろうか。
北朝鮮の収容所をナチスにたとえたオバマ氏への手紙
|
NO FENCE は、6月1日オバマ大統領宛に書簡を出しました。以下はThe Japan Times
に掲載された記事の和訳です。 詳しくは“What’s new”をご覧下さい。 ( http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/nn20090603a2.html ) |
2009年6月3日(水)
<北朝鮮の収容所をナチスにたとえたオバマ氏への手紙>
金曜日に、ドイツの悪名高いナチスのブーヘンバルトの強制収容所を追悼訪問する予定のバラク・オバマ大統領。日本の市民団体がそのオバマ大統領に宛てて公開書簡を送った。
その内容は、平壌の核の脅威に重点を置くだけではなく、北朝鮮の悪名高い収容所システムを国際社会に告発するよう要求するものだった。
東京に拠点を置く団体、NO FENCEは北朝鮮で拷問、重労働や処刑にさらされていると思われる30万人もの政治犯の解放を要求している。月曜日付け(NO FENCEらが手紙を出した日:訳注)の手紙の中で、もし世界が独裁政治の中で行われている惨事を認識しなければ、「なぜ過去の非人道的犯罪から得た教訓を生かせなかったのかと後の世代から問いただされるだろう」と訴えた。
手紙はアメリカに拠点を置くヒューマン・ライツ・ウォッチ、韓国の北朝鮮民主化委員会や北朝鮮による拉致被害者家族の会を含む、さまざまな国際人権団体に支持されている。
手紙は3千人の先進国の立法府の議員にもこの問題の認識を広めるために送られることになっている。ノーフェンスの事務局長、宋 允復氏は、欧米の人々は、ナチスドイツの、特にユダヤ人に対する残虐行為はよく知っているが、北朝鮮の政治犯収容所で行われている残虐行為についてはほとんど知らないとの懸念を表明した。
北朝鮮の指導者、金正日は、「核兵器やミサイルを使って国際社会の関心を引き、独裁政権の最も醜い側面、すなわち強制収容所を隠そうとしている」と宋氏は述べた。「私たちは収容所に関心が向けられ、国際社会の十分な圧力がかけられることを望んでいる」
オバマ大統領は、フランスのノルマンディーでの上陸作戦65周年行事での追悼に先立って、ドイツのメルケル首相とブーヘンバルト収容所の追悼式典に参加する。
オバマ大統領の大叔父、チャールズ・ペイン(84)は、1945年4月にブーヘンバルト付属のオールドルフ収容所を解放したアメリカ軍の歩兵の一人だった。
北朝鮮強制収容所をなくすアクションの会“NO FENCE” の想い、
鹿児島の農村川辺町でも一灯が(2009.2)
NO FENCEでは、北朝鮮関連問題解決の共通の“錠“は、”収容所の廃絶“と考えている。
“NO FENCE”が、鹿児島エリアの世話人を通じ、英訳のボランティアをお願いした方が執筆された新聞の「コラム」を紹介したい。その方は、南九州市在住のジェフリー・アイリッシュさん。民俗学研究、翻訳・通訳などのお仕事をされていて、09年中頃には、氏による英訳本、民俗学者・宮本常一の代表作「忘れられた日本人」が、米国で出版予定されている。「コラム」の掲載紙は南日本新聞で、1881年に始まり、西南の役(1877年)を契機に、鹿児島県の青年層に巻き起こった自由民権思想、国会開設の世論と戦役からの復興への思いを背景に誕生したと言われる。
アイリッシュさんの一文にある、『傍観者から参加者、協力者、または責任者になる。』は、まさに『人間としての基準を上げる』ことなのだろう。
収容所/傍観者から行動者へ
ジェフリー・S・アイリッシュ
パン屋をやっている友達から電話が来た。「東京で開かれる国際会議のために、北朝鮮の強制収容所に関する文書を英語に訳してくれないか」と。「英訳のために支払うお金はないが、パンで支払うことはできる」と。
北朝鮮の収容所について改めて勉強ができるのと、お互いができることの物々交換という発想にひかれて、この仕事を引き受けることにした。
前々から民放のテレビ番組で取り上げられてきたように、北朝鮮の山奥には、少なくとも六つの収容所がある。囚われている人口は、二十万人を超えると思われている。
食糧は一日数グラムの塩と数百グラムのトウモロコシ飯のみで、毎日十四時間も、金山や農業、衣類やレンガ作りの労働をさせられている。その上、警備員によって非人道的に拷問や暴行を受け、殺害されたり、ナチドイツを思い出させる医療実験にも使われたりしているという。
政治の悪口を口にした人や、中国へ逃げようとして連れ戻された人は、赤ちゃんから年寄りまで家族全員が収容所に入れられる。
この北朝鮮の卑劣な奴隷制度は、約五十年前から続いていると知り、私は改めて驚いた。
翻訳の仕事を終わらせて思った。我々は完全に麻痺していると。
日本や世界の至る所で、人間の残酷な行為を見せられれば見せられるほど、現実性がなくなってきているのではないか。ニュースをドラマとして見たり、読んだりするようになっている気がする。 ふと、清水寺のお坊さんのように、今の時代のことをどの字で表すかと考えた。「傍」という字が浮かんできた。テレビの前にただ座り、人の苦労をひとつの娯楽として傍から覗き込む「傍観者」の「傍」。
これは、鶏をつぶした時のことを思い出させる。仲間の首を切っているのに、他の鶏は、何事もないかのようにその辺を歩きまわり、地面を突っついていた。
マスコミが、収容所のことをさらに徹底して取り上げたとして、はたして世論は動くだろうか。ただ相手のことをかわいそうと思って、いつものように晩御飯を食べて、風呂に入るのが大半だろう。
そろそろ我々は、人間としての基準を上げないといけないのではないかと私は思う。
金正日が、どんな手を打つのかがわからない中、北朝鮮に対する行動は確かに難しい。それでも、海のすぐ向こうで、同じく人間である仲間達が、人間として扱われず、こんなに苦しんでいることに対して、我々は反発すべきだ。
収容所のことに限らず、世界、国、地域の多くの問題の中から、我々一人一人が一つの問題を選んで、それに対して勉強し、他の人に伝え広め、解決に向けて行動をおこす。その行動は小さくてもよい。組織の援助でも、個人的な工夫でもいいと私は思う。
傍観者から参加者、協力者、または責任者になる。そう意識し行動する人が増えればと思う。
私の好きな詩人が問いかける。
「自分が思うことのために、自分が持っている力のすべてをかける気持ちがありますか」
【文中下線部:2009.1.25南日本新聞掲載の文章では記載漏れを、筆者加筆。】








