アクション・リポート
2008年最高の超話題作 日本初上映
脱北者を描いた映画「クロッシング」、聴衆を泣かせた!!
キム・テギュン監督も舞台挨拶
韓国映画「クロッシング」の日本初の試写会が、NO FENCE の主催で6月17日、東京牛込箪笥区民センターで行われました。
上映は平日の夜7時からで、企画から約2週間という短い準備期間で情報提供もままならない状況でしたが、想像以上に多くの方にお見え頂きました。
これに先駆け韓国では、5月26日にソウル蚕室スタジアム併設の室内競技場で、ロックコンサートと抱き合せで開催され、20代を中心に6000人も招待するという大規模な試写会をし、好評を得ていました。韓国では6月26日が一般公開の予定。
この映画は、2002年3月、脱北者25人の北京在住スペイン大使館駆け込み事件をはじめ、脱北者たちの取材を続け、その実話を土台にして作られたものです。
4年間の製作期間の間、実際に脱北ルートを再現するために完全に秘密裏に撮影が行われ、韓国、中国、モンゴルの3か国間8千kmを行き来したといいます。広大に広がるゴビ砂漠の風景の美しさや厳しさも、圧倒的な臨場感で迫ります。
映画の中の若い父親は、いのちを繋ぐために、家族の命を守るために、家族を置いて国外に脱出しなければなりませんでした。生きるためには、家族と離ればなれにならなければならなかった。生きるために家族はバラバラになり、幼子でもひとりで命を賭けて生きていかなければならない。人生のどこを切り取っても生きるには死線と隣り合わせ。家族の絆の維持すらままならない生活、人間としての尊厳を維持することができない現実。この映画は、今の北朝鮮のごくありふれた日常の断片を切り取ったにすぎません。
しかし、監督のキム・テギュンは、「政治的な映画だと誤解しないでもらいたい。人間の本質を見る映画でありたい。」 主演のチャ・インピョは、「人間らしく生きるため、生命を守るために決断した人たちの物語だ。」と話しています。
NO FENCEの活動は、まさにこの監督の理念と共通のものがありました。
「現実を直視すること」「政治的理由を盾に無関心を装うことなく、人間としてあるがままを知ってほしい」という私たちNO FENCEの願いや考え方が、この映画製作の一番の目的と重なりました。
この上映会では、キム・テギュン監督の舞台挨拶があり、韓国での試写会で演奏したロックミュージシャンが自ら作曲し歌っている「クロッシング」へのイメージソングが、サービスとして流されました。大変心温まる感動的な歌声でした。
試写会で寄せられたアンケートには、「家族が引き裂かれていく悲しさ、辛さに心の痛みに耐えられない」という声が一番多くありました。
海外で最も関心の高い「クロッシング」、今現在進行している手つかずの北朝鮮の現実を、「よく映画に作ってくれた!」という熱い声が聞かれます。
一見敬遠されそうな題材にも関わらず、その重たい内容を鑑賞者に拒否反応を与えることなく重要なことを伝える監督の才能はさすがでした。
「クロッシング」の日本初上映が、ラッキーにもNO FENCEにとっても、4月13日の会の発足後、第一回目の活動となりました。
日本での一日も早い一般公開が期待されます。
08年4月13日(日) 『NO FENCE 発足記念発表会』(於:星陵会館)開催
日本初の“北朝鮮の強制収容所”問題に絞った市民活動団体、
「NO FENCE」発足を記念する発表会が、東京の星陵会館で開催されました。
※登壇者のスピーチを書き起こした原稿は、こちらから読むことができます。
=当会発足記念発表会で、強制収容所体験者等8人の証言講演会を併催=
発表会までの準備期間は、会結成の具体的な話が出てから約一月半という忙しない中、会則を柱とする様々な結成に必要な準備が着々と整備され、当日を迎えることができました。発足記念発表会のご案内のお届けにあたっては、時間的余裕もなく、お届け先もごく限られしかも、直前近くになっていたのですが、多くのかたのご参加に恵まれました。
会は午前と午後とに分かれ、午前は「NO FENCE」発足の経緯や共同代表や常任世話人たちによる、「当会の目指すものや、前向きな取り組み」についての意志表明が行われました。
砂川昌順共同代表は、この発表会が同時中継して配信されていることを考慮し、外国の方々にも直接伝えたいと、英語でも、民衆の運動として協力を求めるメッセージを発表しました。
小沢木理共同代表は、人権問題として「北朝鮮強制収容所をなくす」という目的に焦点を絞り幅広く連帯をはかっていきたいということと、「解決のために武力を容認しない」ということなどを話しました。
また、日本で“北朝鮮の強制収容所”問題の会を立ち上げるということに、熱い期待を寄せていただいた、韓国でやはり当会同様の目的で既に具体的積極的な活動をされている「北朝鮮政治犯収容所解体運動本部」という団体の代表キム・テジン(金泰振)氏からも、解体運動本部の活動や、抱えている課題などのお話を交え当会への期待を込めたご挨拶がありました。
午後は、途中休憩をはさみ、「北朝鮮政治犯収容所解体運動本部」の会員でもある強制収容所体験者が7名、女性の脱北者が受けている性拷問の実態などの証言者1名の計8名の方々が、ご本人の体験をもとに証言されました。
証言者にとっては、体験を話すことはいつも辛いし、できれば避けたいことに違いないと思います。実際、本人にとって深い傷である体験を何度も話させるのはほんとうに酷だと思うことが度々あります。
それを、はじめは、自由な身の私たちはひと事のように聞いているのですが、聞いているうちに「これは決してひと事ではない」と、自分のことのように憤りと辛さに耐えられなくなってきます。よそごと、ひと事と放置していると、それはいつか自分ごとになりかねません。平和は広がっていい。しかし、人間のいのちを思いのままにする非道は早く食い止め、これ以上人々の絶望を拡大させてはならない。それがいのちを育む本能的な気持ちの現れだと感じました。しかし、証言を聞いたり、手記等を読んだことがない方達には、実感出来ないことかもしれません。
証言や発言された方は、キム・テジン(金泰振)氏のほかに、アン・ミョンチョル(安 明哲)氏(元政治犯完全統制区域勤務の立場にあった、「北朝鮮絶望収容所」の著者)、シン・ドンヒョク(申東赫)氏(今年08年3月に、日本語訳で手記が出版された「強制収容所で生まれた僕は愛を知らない」の著者)、金チョルス氏(1歳3か月で収監され約20年近く収容されていた。)、チョン・ガンイル氏、金ウンチョル氏、ムンスク女史、 カン・チョルファン(姜哲煥)氏(「北朝鮮脱出」共著者 )、 キム・ヨンスン(金英順)女史の方々です。
午後の部後半では、「国際世論にどう問う?」と題して、キム・テジン氏、カン・チョルファン氏、キム・ヨンスン女史を交えて、当会共同代表の砂川昌順の進行で対談が行われました。その話の中で、『北朝鮮の現体制にとって、一番恐いことは、「強制収容所」の問題を追及されることです。その問題から世界の目を遠ざけるために、北朝鮮は「核」の問題をちらつかせているだけです。この「強制収容所」の査察を要求され、その存在と実態を白日に曝されることを最も恐れています。強制収容所は、北朝鮮の経済をかなりの部分で支えている重要な施設だからです。そこを解体せよと言われることは、北朝鮮存続に致命的なことになるのです。(このカッコ内は記録者加筆部分:しかも、人間の尊厳を徹底的に冒涜している現体制の非道極まりない実態が明るみに出ると、北朝鮮自らが1981年に批准している国際人権規約に違反していると、いう批判を受ける。)』といった趣旨の発言もありました。
また、一方的に政治犯とし収容されるこの「強制収容所」が解体に向かい、その解体が実現されれば、一気に北朝鮮を取り巻く様々な人権侵害の問題等の解決が進むであろう、といった発言もありました。
そういう意味からも、この「強制収容所」の解体、廃絶へ、世界が注目し声を上げていくことは、膠着した現体制による人権侵害を一挙に変えていくきっかけになる、という考え方を多くの方が共有されたように思います。
最後に、一人の提案者による呼びかけで、強制収容所を無くすために世界に向けて連帯し声をあげていこうという思いで、参加された会場の全員が起立し、心からイッチ、ニのサンで、「NO FENCE!」を力強く唱和しました。
※登壇者のスピーチを書き起こした原稿は、こちらから読むことができます。





